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初めての人形浄瑠璃文楽『曽根崎心中』ー技巧で人形に命宿るー

更新日:2023年4月16日

私が主宰する小さな書道教室は、大阪市内を東西に走る幹線道路、「曽根崎通り」に面したビルの中にあります。私は、その屋上から曽根崎通りを見下ろし、道ゆく人や車を眺めるのが好きです。都市の中の、途絶えることがないその流れは、社会や経済、人々の日常、様々なことが動き続け、止まらない様を見ているようです。


さて、私がいつも眺める通りの名をつけた、歌舞伎や文楽で有名な演目があります。それは、『曽根崎心中』という名の悲しい恋の物語。全く「心中」とは穏やかでない。行き場をなくした人たちによる、どうしようもない最終手段です。影響を受けやすい私にとっては、あまり触れたくない内容です。しかしながら、語り継がれるには、理由があるのでしょう。


 

ところで、10年ほど前、大阪では、いわゆる「橋下改革」下で文楽助成金問題が起こりました。そもそも政治にも文楽にも疎い私に、それを語る術などないのですが、当時、国際文化交流のため、マドリード(スペイン)へ行った際、現地の駐在員さんが、この話題に触れ、その中で、観客が「悲惨な物語を受け止められるのは、人形表現だからこそ」と仰っていたのが印象的で、これをよく覚えています。その時、私は文楽を見たことがなかったので、頷くことはできませんでしたが、その言葉がずっと気になっていました。ということで、行ってきました、初めての文楽。近松門左衛門作、人形浄瑠璃文楽『曽根崎心中』。


 

江戸時代に活躍した、日本が誇る劇作家 近松門左衛門(1653-1724年)によるは、『曽根崎心中』は、元禄16(1703)年4月7日、天満屋の遊女「お初」と平野屋の使用人「徳兵衛」が、曽根崎にある露天神社の「天神の森」で心中した実際の事件をもとに作られました。当時の世相や人情を反映した近松の作品は、当時の人々の間で大評判となり、没後300年経った今でも多くの作品が繰り返し上演され、国内外で高い評価を得ています。物語の舞台となった露天神社は、ヒロインの名前「お初」にちなんで「お初天神」と呼ばれるようになり、今も2人を偲んで、多くの参拝客が訪れます。


ビルの谷間のお初天神
ビルの谷間のお初天神

今回、私が観た舞台は、大阪日本橋にある国立文楽劇場ではなく、大阪市と「文楽を中心とした古典芸能振興事業実行委員会」主催による公演で、大阪城公園内にあるクールジャパンパークTTホールにて、人形浄瑠璃 文楽と講談、現代美術(映像)のコラボレーション「COOL文楽Show」のタイトルで、若い世代や文楽を知らない人たちにも楽しめる内容で、文楽の保存・普及のための新しい試みでした。


 

さて、現在、ユネスコ無形文化遺産にも登録されている人形浄瑠璃文楽は、日本が世界に誇る伝統芸能。人形遣いと、三味線、語りを担う太夫(たゆう)が一体となって複雑で高度な演出を行う総合舞台芸術。しかしながら、悲しい哉、日本語なのに古典の言葉が聞き取れない現実があります。前情報を仕入れずに観劇するのがマイスタイル(もっと事前に調べておけば良かったと後悔することが多い)ですが、今回は、公演前に、人間国宝の人形遣い桐竹勘十郎氏とゲストによるトークショーがあり、また、玉田玉秀斎さんによる臨場感溢れる講談があったことで、物語への理解が深まり、より集中して楽しむことができました。


文楽人形は、足遣い、左遣い、主遣いの3人の人形遣いによって演じられ、主遣いは人形と共に舞台上で顔を出して演じています。つい、人の顔を見てしまうところですが、人形の繊細な動きは、そこに様々な表情が感じられ、気が付くと人の存在を忘れ、物語の進行に合わせた語りと音楽の巧みな盛り上がりに、完全に舞台上の人形に集中して、強く感情移入をしています。一流の舞台は、そこに関わる全ての人たちの、全てのタイミング、呼吸が一致し続けないと、一瞬で破綻してしまいます。当たり前に、やり直しも編集もできない舞台芸術は、世界中、どのジャンルでも、強烈な緊張感があります。


 

後日、私は、いつも眺めていた「曽根崎通り」を歩いて「お初天神」までお参りに行きました。現在のお初天神は、都会の真ん中、高層ビルに囲まれて、恋人たちの聖地としても知られているところです。「未来成仏疑ひなき恋の手本となりにけり」と結ばれる『曽根崎心中』、悲恋の末に天国で結ばれた2人を祀るその場所は、今も昔も恋を全うすることは難しく、しかし、美しい人間の心として、語り継がれる価値ある物語。



お初と徳兵衛
お初と徳兵衛

本公演は、4月の国立文楽劇場の「4月文楽公演」に繋げるイベントでもあります。皆さまも、是非、クールな「文楽」を楽しんでください。(実際のところ、「クール」という言葉では、到底表現できない重みがあります。古典芸能の真髄、長い歴史を持つ伝統と文化を尊重し、それを継承することの重要性、各々の人生の中で、長い年月をかけて培われた技術・技能の価値が示され、清く厳かな心持ちになるところです)




 

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(本記事は、2023年4月13日奈良新聞掲載「暮らしの中の書」より)


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