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1200年前の『大秦景教流行中国碑』が伝える世界ー貴重な歴史の証言者

皆さま、「大秦景教流行中国碑」の名を聞いたことがありますか?現在は、中国陝西省西安市の西安碑林博物館に収蔵されていて、たくさんある中国古碑の中で、世界的に最も有名なものと言われています。ここを訪れた時に、英語圏のツアーガイドさんが説明されているのが、偶然聞こえてきたので、耳を澄ましていると、「この碑はとても重要だ。今は使われていないローマの文字が刻まれている。唐代に外国の宗教がとても流行ったこと、当時の中国とローマの交流を伝える」と。なるほど、よく見ると下方に見慣れない文字が書かれています。


大秦景教流行中国碑拓本
大秦景教流行中国碑拓本

私の頭の中には、唐代中国とローマの交流と言えば、もう「シルクロード」しか思い浮かびません。実際、現在の西安(唐の都、長安)にある博物館や遺跡では至る所に「シルクロード」の痕跡が見られ、「大秦景教流行中国碑」とは、私にとって、「シルクロードによって伝えられた文字」が書かれた碑という認識になってしまいました。いえいえ、もちろんそれだけではございません。本日は、少し風変わりな碑石のお話を。


唐代はとにかく多様な時代です。文化も宗教も政治も暮らしも何もかもが洗練され始め、また、外部からの影響が一気に入り込んできたような印象で、世界が急速に狭く、複雑になっていくようです。我らが書道方面では、唐の四大家(欧陽詢・虞世南・褚遂良・顔真卿)をはじめ、今日書を志す者にまで、未だ大きな影響を与え続ける偉大な書家が数多く輩出されました。全く唐代には、見所がありすぎて、どこから手をつけて良いか分からない、お祭り騒ぎのような繁栄が見られるのです。


ところで、個人的な感覚ですが、西安の街並みや博物館・遺跡などで見られる唐代の文化はどこか見覚えがあり、親しみを感じます。それは、この時代の文化が遣唐使によって日本に多く輸入されたからに違いありません。話は変わりますが、私が、初めてヨーロッパに行ったのは、ドイツのベルリンで、金髪の青い目の人々、デコラティブでゴージャスな教会など、日本では見かけない景色に、それはそれは驚いたものです。


こんなにグローバルで情報過多な時代、飛行機に数時間乗れば、気軽に外国に行くことができるようになった便利な時代に生きて尚、異国の人・異国の言葉、文化に価値観がひっくり返るような衝撃を受けているのに、1200年以上も前の人々が見た「外国」の衝撃たるや、如何なるものであったか!と思い巡らせ、同時に再び、まだ見ぬ彼の地に自由に往来できる安全な日々が早く戻ってくることを祈るばかりの今日この頃です。


さて、「大秦景教流行中国碑」について、「大秦」は、中国における古代ローマ帝国の呼称で、「景教」とは、キリスト教の一派であるネストリウス派のことです。「景教」は、エフェソスの公会議(431年、エフェソス(現トルコ)で行われたキリスト教の重要な教義や規定などを決定する最高会議)で異端とされ、ローマ領内での布教を禁止されました。そのため、布教の範囲を東方にもとめ、シルクロードを辿って、ペルシャや中央アジアを拠点とし、布教活動を行い、それが唐代中国にまで伝わっていたというのですから、非常に興味深い。この碑には、端正な楷書で、635年に景教が中国に伝えられてからの普及状況、また、シリア文字で景教の普及に貢献した僧侶70名の名前が刻まれています。


シリア文字部分
シリア文字部分


さらに、この碑石には、幾つかの数奇なエピソードが残されています。建てられたのは781年ですが、その後の排仏運動の影響で、景教の寺院であった「大秦寺」も破壊され、1625年に寺院跡から発見されるまで、忘れ去られていたと言います。この発見は世界的なセンセーションを巻き起こし、西洋の宣教師らが、これを研究しようと次々と訪れたそうです。そして、この碑は、中国におけるキリスト教の始まりを語る貴重なものとして、英国の大英博物館に移管しようとする動きまで起こりました。


1907年には、あるデンマーク人が、この碑石の本物と見分けがつかないほどの巧妙な複製品を作り、これを銀3000両で本物と交換しようとしたそうです。人々はこれを守り、「大秦景教流行中国碑」は、現在の西安碑林博物館に保管されることになったのです。(この複製品はデンマークに持ち帰られたと言われ、現在、西洋には数基の複製品があると言われています。また、日本にも高野山奥の院や愛知県春日井市の「日本景教研究会本部」、京都大学総合博物館(石膏作)に複製品があるそうです。)


書の面白さは、文字造形の美しさだけではなく、世界中の歴史、大切な記録を語り伝えます。姿が美しいばかりか中身まで価値が高いだなんて、私の書への憧れが止むことはありません。


 

(本稿は奈良新聞連載エッセイ「暮らしの中の書」2020年7月9日掲載分)


暮らしの中の書
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