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「金文」残された青銅の書ー時を越え伝わる思い

更新日:2023年5月22日

私の博物館鑑賞の持ち物は、単眼鏡(館内用)、双眼鏡(遺跡など屋外用)、虫眼鏡(ケースに入っていない石碑など)。そして、水筒・おやつにスマートフォン。(世界中のほとんどの博物館は写真撮影が可能です。求める画素数が1200万程度ならば、iphoneでも充分だそうです。世界中の博物館をスマホの中に入れて持ち歩きたいと思っています。)


昨年(2019年)の中国旅では、鑑賞時の荷物が一つ増えました。現在、私は主宰する書道教室のテキストを作っていて、そこに掲載する写真を集めたく、画質の良い拡大写真を撮るため、新たにデジタルカメラを買いました。撮ることが目的になってもいけないし、行動しやすいように荷物は小さく軽くしたい。条件をあれこれ吟味して、10倍ズームが出来るものを選び、現地で写真を撮りに撮りまくり、すっかり中国古代文字資料が集まり、今度は自分専用の図録を作ろうかしら、なんてウキウキしているところです。


さて、中国古代文字と言いましたが、漢字は3000年以上前から今も継承され続ける唯一の文字で、現在、「篆・隷・楷・行・草」の5書体があります。その始まりは「甲骨文字」。その後に登場する文字は「金文」と呼ばれる青銅器に鋳込まれた文字。次に「石鼓文」、そして秦の始皇帝が統一した文字と続きます。それらは総じて「篆書」と呼ばれていますが、実は「篆書」には、時代や地域、表される素材の特性によって、様々な形態があります。そして、今回ご紹介したいのは「金文」。文字の歴史は、人類の歴史そのもので、私たちと同じ人間が、その時代に生きた証であり、その時、どんな暮らしで、何を思い、何を望み、何を行っていたのか、ありありと目に浮かぶようなのです。


 

青銅器そのものは、商(殷)・周時代(B.C.1600—B.C.249)に盛んに作られ、現在の技術を駆使しても再現不可能なものがある、と言われる程、精巧で見事な工芸品として、非常に価値が高く、また、形も大きさも様々です。その中で、中国で、「海内青銅器三宝」と呼ばれ、国外持ち出しが禁止されている3つの大きな鼎があります。(上海博物館の「大克鼎」、北京国家博物館の「大盂鼎」、台北故宮博物院の「毛公鼎」。)「鼎(かなえ)」は元々、食料を調理するものでしたが、祖先神を祀る際、生贄用に用いられたことから、礼器(祭祀に用いる器)の地位に変わり、王権の象徴とされるほど、重要なものとなりました。


現代の“権威者の実力を疑って、覆そうとする”意味のことわざでよく知られる「鼎の軽重を問う」は、当時、楚国の王が周国の王の鼎を奪おうとした故事が由来しています。今回、国家博物館の鼎は展示台が高く、銘文が刻まれた内側を見ることは出来なかったのですが、上海博物館の「大克鼎」は内側も鑑賞可能で、ズームでしっかり写真に収めることが出来ました。慣れないカメラ操作にピンボケを繰り返し、レンズ越しに細部が明らかになった瞬間は、いちいち声を出して感動したものです。


大克鼎(高さ93cm、重さ201.5kg)
大克鼎(高さ93cm、重さ201.5kg)

ところで、「金文」は、主に青銅器の内側に鋳込まれています。「鋳込む」、つまり直接書かれた(彫られた)ものではなく、立体的な文字を作り、これを型にして鋳造する必要があります。実は、この製法は未だに謎で、様々な仮説が立てられていますが、現代でもはっきりとは解明されていません。しかし、世界的に例がないほど手の込んだ方法で造られた文字であることは間違いありません。


青銅器の内側に鋳込まれた金文
青銅器の内側に鋳込まれた金文

拡大した金文
拡大した金文

さて「大克鼎」について。これは、西周中期、孝王(B.C.950?-B.C.886)の時代に、「克」という名の貴族が作った鼎です。290文字の銘文があり、克が自らの祖先の栄光を述べ、周王から任命を受けて、広大な土地などを賜ったことが記されています。西周時代の官職は世襲制を採用しており、往々にして祖先を称える文字が見られます。この習慣は礼儀作法に則ったもので「蔵礼于器(器物で礼儀を表す)」と呼ばれ、当時の王族や貴族は重要な出来事を鼎などの青銅器に刻み込みました。つまり、これらはまさに歴史を証明する書なのです。


銘文の最後は、「子子孫孫永宝用」と結び、克が、王や克の子孫の繁栄を懇願する内容が刻されています。しかし、この鼎が作られて間もなく、時代は熾烈な覇権争いが繰り広げられる戦国時代に入り、周王朝も克の子孫も、青銅器も金文も、次の時代の覇者たちに取って代わられ、克の願い虚しく、それらは歴史から消えていったのです。しかし、残された青銅の文字は、3000年経った今も尚、その時代に生きた人間の力強く、生き生きとした思いを永遠に伝えることができるのです。そんなことを思いながら、脈々と続いてきた歴史を眺め

られる幸せを噛み締めているところです。


金文についてはこちらの記事をご参照ください。

 

(本稿は奈良新聞連載エッセイ「暮らしの中の書」2020年1月30日掲載分)



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